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師任堂(サイムダン)、色の日記9話あらすじ&日本語訳~後編

   

ソン・スンホン、イ・ヨンエ主演『師任堂(サイムダン)、色の日記』9話の後半に進みます。

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「授業はどうだった?」初めての授業を終えたキョムに、教授官が尋ねた。

教授官「子どもたちを相手にするのは思ったほど容易くはないだろう?」
キョム「子どもは子どもだろ。授業も何も…」
教授官「母親たちに気をつけろよ。そのうちハチの群れのように押しかけてくるぞ」
キョム「ははは」

と、そこへさっそく押しかけてきたのは、ボスのフィウム堂だ。
彼女は椅子に腰を下ろすと、席を外そうとしたキョムにさっそく切り込んだ。「斬新な授業をなさったそうですわね」

キョム「…。」
フィウム堂「(じろり)」
キョム「授業方針までいちいち承認が必要とは知りませんでしたが」

「そんなはずがありませんわ」フィウム堂がふっと笑った。

フィウム堂「比翼堂は朝鮮の芸術を代表する空間だそうですね」
キョム「まぁ、そう言われていますね」
フィウム堂「そこで、今度の白日場(※詩文競作会)は、母子合同の詩書展(※詩と絵の競作会)にしてはどうかと、宜城君様にお願いしに参りました」
教授官「母子合同の詩書展?」
キョム「…。」

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長男ソンを筆頭に、子どもたちが庭で遊んでいると、白装束の婦人が入ってきた。
隣家、廃妃シン氏の身の回りの世話をしている女性だ。
「幽霊屋敷のおばさんだ」長女メチャンが思わず漏らす。

長男「な、何かご用ですか」
女性「お母様はいらっしゃらないの?」
長男「出掛けていますが…」
末っ子「紙をつくってるんです」
長女「な、何のご用か私たちにおっしゃってください」

「お母様がお帰りになったら、先日くださった料理へのお礼だといってお渡ししなさい」女性は持ってきた包みを差し出すと、くるりと背を向け、帰っていった。
「なんだろう」包みを解いてみると…そこには干し柿がぎっしり詰まっているではないか。「わぁ、干し柿だ!」

#訳では省略してしまっていたのですが、以前、お腹を空かせた子どもたちが隣家の庭から張り出している柿を取ろうとしているのを、この女性が見ていました。それをちゃんと覚えていたんですね。

兄弟たちが伸ばした手を、長女メチャンがパシッと叩く。「駄目よ」

長男「なんで?」
長女「お母様に持っていかなきゃ」

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「とうとう完成ですね!」ヒャンが声を上げた。
「そうね」出来上がった紙を眺め、サイムダンも感慨深げだ。

サイムダン「ご苦労だったわね」
ヒャン「苦労なさったのはお嬢様ですよ。(紙を見て)紙じゃなくて黄金に見えます。紙一枚つくるのがこんなに大変だなんて思いませんでした」

「その出来なら十分だ」酒瓶を片手に、職人が言う。

サイムダン「(ニッコリ)ご苦労様でした」
職人「(照れてぶつぶつ)…そんな可愛い顔していい子ぶりやがって」
サイムダン「(ニッコリ)」

「やれやれ、けしからん」職人は嬉しそうにまた背を向けた。

「お母様!」ふいに末っ子ウの声が聞こえる。

サイムダン「?」

母の帰宅を待ちきれず、干し柿の包みを抱え、兄弟勢揃いでやって来たのだ。

サイムダン「どうしたの?」
長男「お隣がこれをお渡しするようにとおっしゃったんです」
サイムダン「お隣が?」
長女「この間の花餅へのお礼だそうです」

「すごく怖い顔の女の人が持ってきました」次男ヒョンリョンが目をまんまるにして付け加えた。

包みの中にぎっしりと入っていたのは、もちろん干し柿だ。
キラキラした目でじっと待っている子どもたちの表情に、サイムダンは思わず微笑み、包みを子どもたちに差し出した。「向こうで食べなさい」

子どもたち「わぁ!!!」

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干し柿の包みには手紙が添えてあった。
作業場に腰を下ろし、サイムダンはさっそく手紙を開いてみる。

「お母さん」干し柿を一つ手に、ヒョンリョンが駆けて来た。

ヒョンリョン「中部学堂でもうすぐ詩画展があるんです。お母様と一緒に詩を作って、絵を描くそうです。他のお母様たちも皆いらっしゃる日だから、お母様もいらしてくださいね」

聞いているのかいないのか、サイムダンは手紙に視線を落としたまま返事がない。

ヒョンリョン「絶対いらっしゃらないと駄目ですよ。ね?」
サイムダン「えぇ、そうね」

『桜の花はもう散ってしまったけれど、
知らぬうちに美しい色を蘇らせ 皿の上で咲いておりました。
香りが部屋を満たし、子どもたちの笑い声が聞こえてきて花びらの上に蝶のようにとまりました。
塀の中でしなびているこの私を不憫に思い、天がくださった贈り物のようです。
子どもたちが喜ぶかと思い、柿を干してみました。
真っ赤に熟した柿が風と陽射しに乾いていくのを待っている時間は、とても心躍りますね。
少しの時間でしたが、本当に幸せな瞬間瞬間でした。ありがとうございます』

#なんて素敵なお手紙!”皿の上に花が咲く”というのは、もちろんサイムダンが届けた花餅のことですね。
改めて「手紙っていいなぁ」とウットリしました。

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サイムダンは子どもたちを連れ、正式に隣家を訪ねた。
初めて会う”幽霊屋敷”の主を前に、子どもたちはビクビクと落ち着かない様子だ。

サイムダン「ご挨拶なさい」
末っ子「いやです。幽霊だって言ってたから!」
長女「(優しく)幽霊じゃないわよ。髪もキチンとしてるし、血も出てないでしょ」
サイムダン「王妃様よ」
長男「え?」

「はじめまして」長男ソンが先頭を切って頭を下げた。皆がそれに続く。
「こちらへいらっしゃい」シン氏が満面の笑みを見せると、皆、シン氏の元へ駆け出した。

次男「本当に王妃様なんですか?」
長女「どうして宮廷にいらっしゃらないんですか?」
長男「ちょっと用事がおありになるんだろ。僕たちだって北坪村にいたんだから」
長女「今度、宮中を見学させていただけませんか?」

あっという間に無邪気な子どもたちがシン氏を取り囲んだ。
「ほら、お食べなさい」シン氏は卓上に用意したお菓子を子どもたちに薦める。
美味しそうに食べる子どもたちを眺め、シン氏は顔をほころばせた。

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来たときとは別人のように弾んだ足取りで、子どもたちが外へ出て来た。
「また遊びに来てもいいですか?」目を輝かせる長女メチャンの頭を、シン氏は優しく撫でる。「嬉しいわ」

シン氏「気をつけて帰りなさい」

「さようなら」元気に頭を下げ、子どもたちは連れだって門を出て行った。

サイムダン「子どもたちが失礼をしませんでしたかどうか」
シン氏「そんなことはありません。むしろ大きな癒やしになりました」
サイムダン「そう言ってくださってありがとうございます。子どもたちもよく懐いておりましたね。またご挨拶に参ります」

「でも…」シン氏が言う。「一度で十分ではないかと思うのです」

シン氏「廃位されたこの私と親しくして、良いことなどないでしょうから」
サイムダン「ただときどき子どもたちに干し柿を一つずつ握らせてやってくださいませんか?」

「それなら…」シン氏が伏せていた顔を上げ、パッと目を輝かせる。
サイムダンは両手でシン氏の手を包み込んだ。「ご近所同士で親しくすることは、古くからの美徳なんですから」

サイムダン「遠慮なさることはありません」

「…。」シン氏が感慨深げにサイムダンの手を握り返した。

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比翼堂で開催される詩画展の当日となった。
「埃ひとつ残さずきれいにしよう」キョムはいつになく準備に余念がない。

キョム「(職員たちに)踏めば滑って転ぶくらい、ぴかぴかに磨いてくれ」
従弟「なんでそう大げさに準備なさるんです?いつもは紙くず一つ拾いもしないのに」
キョム「(咳払い)生徒たちが来るんだから、先生らしく清潔な…」

そう話しながらも厳しく檄を飛ばす。「そこ、何してる!」
「頑張ろうぜ」キョムは扇子でポンと従弟を叩いた。

従弟(心の声)「変だな、今日は」
キョム「(皆に)さぁさぁ!ここ比翼堂は朝鮮芸術を担う空間なんです。そう度々ある機会でもないんだから、しっかり見せつけよう」

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学堂へやって来たヒョンリョンは、チギュンたちのグループに捕まった。

ヒョンリョン「何?」
チギュン「お前のお母さんも詩画展にいらっしゃるのか?」
ヒョンリョン「あぁ」
生徒「物乞いするのにお忙しいんじゃ?」
ヒョンリョン「何!」
生徒「そうじゃないか。乞食息子に乞食母ちゃん」

「!」カッとなって、ヒョンリョンは彼を突き飛ばす。「四書五経に莊子まで突破したんだぞ、お母様は!」
「笑わせんな!」強烈な平手打ちがヒョンリョンの頬に飛ぶ。
「やめろ」一番うしろにいたチギュンが静かに言った。

チギュン「誰の母親が首席になるか、見ていればわかるさ」

彼らがぞろぞろと立ち去ると、様子を窺っていたテリョンが駆けてくる。「大丈夫?」

ヒョンリョン「(意地悪集団に)お前ら覚悟しろよ!首席を取るのはうちのお母様だからな!」

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出来上がった白い紙を、サイムダンはじっと見つめていた。「…。」
躊躇いながら、彼女の指先がゆっくりと紙の上を滑りだす。
小さく動いていたその指先は、やがて大きく、紙の上を自由に動き回った。

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フィウム堂は詩画展に出掛ける身支度を入念に整えていた。「ヒョンリョンという子の母親も来るのかしら」

ソ氏「もちろんですよ。新入りは必ず出席するようにと手紙を送っておきましたから」
フィウム堂「(ニヤリ)そうでないと」
ソ氏「詩画展が終わった後の茶菓子も準備できていますわ。詩画展で使う大事な紙…最高の紙をフィウム様が寄付してくださるなんて!とにかく詩画展の準備は抜かりなく進んでいますわ」
フィウム堂「ご苦労様」

「ところで」ソ氏が話題を変える。「それがあの有名な赤何首鳥で作った乳液ですの?」

フィウム堂「…。」
ソ氏「そんな貴重なものなのを、どうやって入手なさったんです?!」

目ざといわね… 心で皮肉を言いながら、フィウム堂は液の入った瓶を黙って差し出した。

ソ氏「私に?まぁ、ありがとうございます!」

ソ氏を帰らせ、フィウム堂はあらためて鏡を見つめる。

フィウム堂「朝鮮一の草虫画名人、フィウム堂。外命婦の位を授かった淑夫人よ」

※外命婦=王族の子女や官僚の妻など、宮廷の外にいて官位を授かっている女性を指します。官位は夫の役職によって決まりますが、ミン・チヒョンは参議であり、妻は淑夫人で正三品になります。

フィウム堂「食べていく心配をしながら力仕事をして暮らす賤しい女、サイムダン。お前に筆が持てるかどうか、この目でしかと確かめるわ」

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比翼堂に中部学堂の子どもたちがやって来た。
われさきにと食事に群がる子どもたちの後を、きらびやかな母親たちの集団がゆっくりとついて来る。

奥の建物の縁側から、キョムは逸る心をおさえられずにその様子を眺めた。

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その頃…

サイムダンは新しい紙造りに熱中していたのだ。

ヒャン「これ、何です?」
サイムダン「詩箋紙を作ってみようと思って。唐辛子で色をつけてみたの」
ヒャン「わぁ、綺麗!唐辛子、いつのまに乾燥させたんですか?」

そこへ、大慌てで走ってきたのがヒョンリョンだ。「お母様!」

サイムダン「ヒョンリョン?」
ヒョンリョン「何をなさってるんですか!」
サイムダン「どうしたの?」
ヒョンリョン「今日、詩画展なんです!」

「詩画展?」今、初めて聞いた口ぶりで、サイムダンが訊き返した。

ヒョンリョン「言ったじゃないですか!今月の望日(15日)だって」
サイムダン「?!」
ヒョンリョン「他のお母さんたちは皆来てるはずです。来ていないのはお母様だけですよ!」

「早く行かないと」懸命に訴えるヒョンリョンを前に、サイムダンはとにかく前掛けを外す。
「早く!」ヒョンリョンは母の手を引き、駆け出した。

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比翼堂へ顔を見せたフィウム堂を、母親たちが囲んだ。「最高ですわ」「フィウム様のお陰で比翼堂に来られて」

フィウム堂「遊びに来たのではないのですよ。詩画展も勉強の延長なのですから。私たち母親も子どもたちと共に競う立場なのです」
ソ氏「もちろんですわ。まぁいずれにしてもフィウム様とチギュンが総嘗めにするでしょうけれど、私たちも最善を尽くさなければね」

「いらっしゃいましたか」キョムが母親たちの元へあらわれた。
さっと進み出たのは、もちろんソ氏だ。「宜城君様、またお目に掛かりましたわね」

ソ氏「まるで別世界!斧の柄が腐るのも気づきませんわ」

※神仙の遊びに斧の柄が腐るのも気づかない=仙人が碁を打つのを熱心に見物していた木こりが、はたと我に返って帰ろうとしたら、斧の柄がすっかり腐っていたという話。楽しいことに夢中になっていると、時間が立つのを忘れるという喩え。(余談:なんだろうと思ってググってみると、自分の過去の翻訳記事がヒットするという:笑)

ソ氏「こんな別天地だから、じっと居ついていらっしたのですね」
フィウム堂「こうして私たち中部学堂のために詩画展の場所を用意してくださり、感謝するばかりです」
キョム「今日の詩画展では、子どもたちがのびのびと栄誉を手にできる時間になりますよう」

「はい!」母親たちが声を揃える。

立ち去る宜城君の後ろ姿に母親たちは溜息をついた。「もう少し居てくださればいいのに」
と、そこへ、一人が隣の母親をつつく。「ねぇ、あれ誰?」「誰のこと?」
「?」ゆっくり振り返ったフィウム堂の視界に入ったのは、子どもに手を引かれ、駆けてくるサイムダンの姿だ。
着の身着のままで駆けつけたその服装は、一瞬で母親たちの視線を集めた。「何?あの格好」「来なきゃいいのに」

ソ氏「あらま、なんて服!」
母親「何であんな格好なのかしら。力仕事でもしてたみたい」

「やめなさい」フィウム堂が母親たちをたしなめる。
「あらまあ、フィウム様」気まずくなったソ氏がフィウム堂の真っ赤なチマに話題を切り替えた。「こんな綺麗な色の絹は生まれて初めて見ましたわ!」

ソ氏「どうすればこんな色が出るんです?」

「臙脂(えんじ)色よ」フィウム堂はサイムダンから目を離さず、そう答える。

サイムダン「!」
フィウム堂「臙脂虫の色と同じ」

まるで獲物を睨む蛇のように、フィウム堂はサイムダンへ近づく。「新しく入ったお母様ですね」

サイムダン「…はい。イ・ヒョンリョンの母親です」
フィウム堂「随分遅刻なさいましたね」
サイムダン「申し訳ありません」
フィウム堂「まもなく詩画展が始まりますから、ひとまず会場へ向かいましょう」
サイムダン「はい」

今日は面白いことがあるはずよ…心の中でほくそ笑み、フィウム堂は背を向けた。

ヒョンリョン「お母様、僕たちも行きましょう」

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母親たちの様子をそっと見守っていたキョムの元へ、呼ばれた従弟がやって来る。「今度は何をやらされるんだか」

キョム「今すぐひとっ走りして、前掛けを手に入れて来い。20着ほどな」
従弟「前掛け?何で?」
キョム「(扇子でパシッ)いちいち一言多いぞ!さっさと行って来い」
従弟「い、今忙しいんだけど」

「!」今度は足が出る。
蹴り飛ばされ、従弟は仕方なく走り出した。

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「こんなものうちでは雑巾にしか使わないのに」用意された木綿の前掛けを、母親たちは文句を言いながら身につけた。

ソ氏「私たちにこんなもの着ろって?」
テリョンの母「私には小さいみたいですわ」

すでに前掛けをつけ、静かに座っているサイムダンを、フィウム堂は見た。
「…。」「…。」無言で視線がぶつかる。

キョム「ははは、皆さんおめかししていらっしゃるもんだから。服が汚れないように、特別にご用意しましたよ。前掛けをお召しになって、心ゆくまでお楽しみください」

気の進まない前掛けが服を汚さないためと知り、母親たちは感嘆の声を上げる。

ソ氏「その容貌の上に気配りまで!」
テリョン母「お顔に気立て、全てお持ちなんですねぇ」

キョムの用意した前掛けは、サイムダンの地味な作業着姿を隠す鎧となった。

フィウム堂(心の声)「余計なことを」

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準備が整うと、皆の中央でフィウム堂が口を開く。「未来の希望である中部学堂の子どもたちは、これまで勉強に邁進して心身が疲れていることでしょう」

フィウム堂「そこで、今年は特別に朝鮮芸術の中心である比翼堂にて母子合同の詩画展を開催することとなりました。場を提供してくださった宜城君様に深く感謝し、詩画展の題目を読み上げる栄誉を差し上げたいのですが、いかがでしょう」
キョム「あ…」

「よろしいですわね!」母親たちから賛成の声が上がる。
さっそく題目がキョムに手渡された。

キョム「このような栄誉をくださらなくても…」
フィウム堂「題目を発表なさってくださいませ」

皆の見守る中、キョムは巻物を広げてみた。

水平而不流(平らなところでは水は流れず)
無源則遫竭(水源がなければすぐに干上がる)
雲平而雨不甚(雲が平らであれば雨はあまり降らず)

サイムダン「!」

「…。」キョムの視線が静かにサイムダンと出会った。

サイムダン(心の声)「雲平…?!」

キョムは再び題目へと注意を戻す。

無委雲 雨則遫已(濃い雲がなければ雨はすぐにあがる)

「雲平」フィウム堂の鋭い声がとんだ。「題目を雲平にしてはいかがでしょう」

サイムダン「!!!」

雲平…。雲平寺?急に目を丸くするサイムダンを見て、キョムは不安を覚えた。

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子どもとその母親たちが並び、詩と絵に取り組み始めた。
キョムは遠巻きにサイムダンの様子を窺うものの、彼女はじっと何かに耐えるように座っているだけだ。

「お母様、描かないんですか?」母の様子を変に思い、ヒョンリョンが覗き込む。
何とか筆を手に持つも、その手は震えて動かないまま、彼女の目はフィウム堂へと注がれた。

サイムダン(心の声)「…誰なの?」
フィウム堂(心の声)「苦しい?実に痛々しいわね」
サイムダン(心の声)「…雲平寺?!」

忌まわしい記憶がサイムダンの頭に蘇る。
途端に動機が激しくなり、彼女は胸をおさえた。

フィウム堂(心の声)「一枚だって描けないはずよ。永遠にね。100名にも近い人がお前の絵のせいで死んだのだから。生涯、しがない女として生きなさい。それがお前の犯した罪の代償よ」

いよいよ様子がおかしいサイムダンを見て、キョムは迂闊に声もかけられずにヤキモキしていた。
フィウム堂を見やると、彼女の強い視線とぶつかる。「…。」
何かあるのは間違いなかった。

ヒョンリョン「お母様、どうなさったんですか?]

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フィウム堂の描いた絵に、チギュンが詩を書き上げた。

フィウム堂「出来たわね」

「もう出来たの?」「羨ましい」さっそく母親たちが絶賛する。

テリョン母「チギュンはやっぱり一等ね。首席間違いなしだわ」

早々に席を立つと、フィウム堂は苦しそうなサイムダンを蔑んだ目で一瞥し、場を後にした。

ソ氏「はぁ、フィウム様はどれだけ良い星の下に生まれたのか、絵なら絵、美貌なら美貌、夫は吏曹参議で」
テリョン母「そうよ、吏曹参議のミン・チヒョン大監」

「!!!」サイムダンは息が止まったかのように凍りついた。ミン・チヒョン!!!

ヒョンリョン「お母様、手伝いますから、何か描いてください」

「ちょっと」サイムダンはヒョンリョンが止めるのも聞かず、逃げるように外へ飛び出した。

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サイムダンはふらふらと比翼堂の庭へ出て来た。
「お母様!」半分泣き声で追いかけてきたのはヒョンリョンだ。「どこへ行くんですか!」

#この子、上手ですねぇ。不安だったりワクワクだったり悔しさだったり、いつもすごく自然に感情が伝わってきます^^

サイムダン「ヒョンリョン…。今日は体の具合が良くなくて」
ヒョンリョン「そんなの酷いよ!このまま帰るなんて!」
サイムダン「…。」
ヒョンリョン「本がぼろぼろだって、紙の一枚もまともになくたって、僕はいいんです。僕ばかりウの面倒を見ろと言われても、全部我慢しました」
サイムダン「…。」
ヒョンリョン「こんなに切に願ったことなんてなかったのに!今日の詩画展だって忘れていたでしょう?本当に酷いです!!!」
サイムダン「…。」
ヒョンリョン「このまま帰ったら僕一人でどうしろっていうんですか!こんなのおかしいです!」
サイムダン「ヒョンリョン、すまないわ。ごめんなさい。今日は本当に…」
ヒョンリョン「知らないよ!僕一人でも戻ります」

ヒョンリョンは意地になって会場へ駆け戻った。

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比翼堂の庭で結果発表が行われた。
皆の予想を裏切ることなく、選ばれたのはミン・チギュンだ。

そして…

人気の少なくなった会場で、ヒョンリョンは一人、泣きながら絵を描いていた。

訓導官「もういい。帰りなさい」
ヒョンリョン「嫌です」
訓導官「こら、もう行け」
ヒョンリョン「僕はまだ描き終わっていないんです」
訓導官「やめろと言っているのだ。こいつ!やめろ!」

「おい」思わず声を荒げた訓導官を叱りつけたのは、キョムの従弟だ。

従弟「まだ終わっていないと言っているではないか。子ども相手に大声を出しおって!我が子でもあるまいし」

「帰れ」彼は訓導官を追い払っておいて、ヒョンリョンを興味深げに覗き込んだ。「君がヒョンリョンか?」
ヒョンリョンが返事の代わりに鼻をすすると、取り囲んだ大人たちが笑みをこぼす。

従弟「(詩を見て)何を書いてあるんだ?」

周りの大人たちが詩を読み上げる

『乱れた世に
梅月堂は平穏な雲のようにさすらうばかりだが
私は雲を起こし 干からびた地を潤す慈雨を降らせたい』

「これは驚きですね!」皆が歓声をあげる。「実に賢い」

※この詩については情報が出てこないので、ドラマで創作したものかもしれません。梅月堂というのは、おそらく江陵に縁のある学者、キム・シスプ(金時習)のことではないでしょうか。参考ページ

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帰宅したフィウム堂は、息子のチギュンを前に笑みを見せた。

チギュン「何もかもお母様のおかげです。お母様の後押しがなければ僕に首席を取れるわけがありません」
フィウム堂「あなたが聡明だから私の後押しが役に立ったのよ。よくやったわ」
チギュン「それでは部屋に戻って予習をします」

そこへ執事が来て来客を告げた。

フィウム堂「お客様?」
執事「はい。宜城君様でいらっしゃいます」
フィウム堂「!」

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別室で待っていたキョムの元へ、フィウム堂が茶を持参した。「宜城君様が私どもの家までいかがなさいましたか」

キョム「ちょうど前を通りかかったついでに、吏曹参議殿と談笑でもと立ち寄ったのですが」
フィウム堂「わざわざお越しくださいましたが、主人は出掛けておりまして」
キョム「あぁ、そうでしたか」
フィウム堂「せっかくいらしたのですうから、お茶でも一杯おもてなしいたしましょう」

二人は椅子に向かい合って腰を下ろす。
フィウム堂が茶を淹れる手元を、キョムはじっくりと観察した。

キョム「今日、詩画展で題目になさった雲平ですが」
フィウム堂「…。」
キョム「何か特別な意味でもあるのですか」
フィウム堂「詩の一節の中で、ただ耳に入っただけです。特別な意味などありましょうか」
キョム「随分前、そんな名前の寺がありました」
フィウム堂「…。」
キョム「雲平寺と言いましてね」
フィウム堂「…そうですか」

キョムの視線が、自分の手の甲に向かっているのに気づき、フィウム堂は右手でそれを隠した。
彼女の左手の甲に、傷跡があったのだ。

キョム「美しい手になぜ傷跡など…」
フィウム堂「幼いころに怪我をしたそうなのですが、記憶にないのです」

キョムの目に疑惑の色がどんどん濃くなる。
彼の記憶の中で、手の甲から血を流し、自分を引き留めようとした少女の姿がはっきりと蘇っていた。

キョム「昔、手の甲に怪我をした少女を見たことがあります」
フィウム堂「!」

「薬代を握らせはしたのですが、その後どうなったのかわかりません」キョムの声がみるみる低くなる。

フィウム堂「怪我というものは、適時に治療できなければ生涯消えぬ傷として残るものです」
キョム「…。」
フィウム堂「薬代を握らせるのではなく、どれだけ痛むのか一度でも顧みてやればよろしかったのに」

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「誰…?」一人になったサイムダンは、懸命に考えを巡らせていた。
「臙脂色よ」自分に見せつけるように、フィウム堂が言ったことが強く頭に残っている。臙脂色…?

「臙脂色よ」そう、かつて自分は誰かに教えたことがある。
自分がそう名付けたのだ。
教えた相手は…

サイムダン「居酒屋の…!居酒屋のあの子に違いないわ!」

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ここで9話は終了です。

雲平寺については、そこで何があったのかキョムは知らないものの、雲平寺から火が出ているのを知って、下女が「お嬢様が雲平寺に行った」と騒いだため、キョムが馬を飛ばして探しに行ったんでしたね。
雲平寺で何かあったことは察しているけど、何があったのかわからないから、詩画展のときの怪訝な表情になったのでしょう^^

 - サイムダン(師任堂)色の日記

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